なおこの論文は東京都行政書士会広報部により機関紙「行政書士とうきょう」に令和7年9月17日に掲載を拒否されたものである。拒否された論文の全文を掲載します。拒否理由の説明はありませんでした。
改正行政書士法と弁護士法との比較により行政書士業務を考える。
行政書士法改正にあたって非弁行為を行わないために!
町田支部 戸口つとむ(勤)
1 はじめに
令和7年6月6日参議院本会議において全会一致で可決され行政書士法の一部改正案が成立した。驚くような改正で、只々、日政連の役員の方々に感謝するのみである。政連の未加入者も改正の利益を得るわけであるから是非とも入会をして、せめて政連に協力して欲しいと願わざるにはいられない。
2 行政書士法改正の意義
この改正には五つの改正点があったが特に四つを挙げ解説する。改正点の一つ目は、第一条の行政書士の「目的」が「使命」と改められたことである。使命は二つあり、一つ目の使命は「行政に関する手続の円滑な実施に寄与する」ことで、二つ目は「国民の権利利益の実現に資する」ことである。行政に関する手続きの円滑な実施とは、ややもすると行政庁の立場に立って協力することを意味すると誤解することもあり得るが、円滑な実施とは許認可等が合法的に円滑に実施されることであり速やかに許認可が得られ国民の利便に資することである。然して行政書士は、あくまでも国民の立場に立たなければ制度の存在意義がないであろう。行政書士制度は国民の申請権の保障にあると解釈できるのである。行政手続きは法により事前に事後に国民の権利が保障されている。行政手続法により事前に、行政不服審査法により事後に、そして行政書士法により事前、事後に国民の申請権が保障されているのである。これらの行政手続関係法の意義を正しく理解し行政書士は日々の業務に努めなければならないのである。
二つ目の使命は、国民の権利利益の実現に資することであるが、権利擁護のみではなく積極的に権利利益を獲得するための前向きな手続きを含むと筆者は解する。この権利には当然に基本的人権も含まれるであろう。特に近年は、介護保険利用者本人の意向を無視して施設側と家族で全てを決定し本人の人権が侵害される事案が増加しているのである。行政書士は、そのような現状を踏まえ街の法律家としての責務を履行すべきであろう。行政書士はこのような崇高な使命を行政書士法により与えられていることを自覚して国民のために日々努めなければならないのである。
改正点の二つ目は、第一条の三の特定行政書士の行政不服申立ての範囲の拡大である。しかし、拡大されたというより本来の姿に戻されたと考える方が自然かもしれない。すなわち、行政不服申立て取り扱い可能範囲が適正に拡充されたのである。現行法は、行政書士が作成した書類に係る行政不服申立てのみとし、本人申請や行政庁の単独行為には特定行政書士は行政不服申立代理を行い得なかったのであるが、改正により行政書士が取り扱うことのできる全ての行政手続きについて行政不服申立代理が可能となったのである。このことは只々、国民の便益の向上のためであり、本来のあるべき姿になったと考えるのである。現行法が、なぜ、行政書士が作成した書類に係る許認可等についてのみ行政不服申立てが可能であると限定されていたのかが不思議である。国民の真の便益を考えれば当然に改正法のような代理権になるはずであろう。
改正点の三つ目は、第十九条業務の制限である。「・・他人の依頼を受けいかなる名目によるかを問わず報酬を得て・・」と挿入された。現行法では、無資格者の脱法行為も多く、規制をする難しさが問題視されていたのである。「書類作成で報酬は得ていない。コンサルティング報酬です。」「支援報酬です。」等の抗弁をし、脱法行為を繰り返す者への対処に苦慮していたのであるが、この改正によりその抗弁が通用しなくなったのである。さらに掘り下げて考えると、現行法によっても書類作成を禁止されている者が書類作成のコンサルティングを行うこと自体がコンプライアンス違反であり、コンプライアンスは形骸化しているのではと思わざるを得ないのであった。そのために、今回の改正があり、厳格に正しい姿に戻されたと考えるのである。しかし、その反面で行政書士がいかに研鑽に励まなければならないかを考えなければならない。有価証券報告書や新規株式上場申請なども行政書士の独占業務であるが、殆どの行政書士が取り扱っていないのである。十数年前に杉並でマザーズの審査員が行政書士として登録をして「新規上場コンサルティング研究会を創っては」との提案がなされたが、参加者は皆無であったことがある。行政書士法がどのように改正され業務が拡大されても業務を取り扱う行政書士が不在であれば問題外であろう。新たにIPO研究会や金商法手続きの勉強会の立ち上げを期待したいものである。
改正点の四つ目は、第二十一条の二の罰則規定が両罰規定になり、違反した個人と法人が処罰の対象となったのである。両罰規定は行政書士法の違反を防ぐ意味で大きな進展と考える。重ねて言うが、行政書士は心して新たな研鑽に励まなければならないであろう。
3 弁護士法との比較
以上の改正を踏まえて、弁護士制度との比較を考察してみる。弁護士は、国民の基本的人権の擁護をする法律家ゼネラリストであるが、今回の改正行政書士法と弁護士法とを比較すると行政書士も法律のゼネラリストとして、弁護士に次ぐその使命の大きさも認識できるのである。ここに弁護士法第三条弁護士の職務の規定を見ると「弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によつて、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とする。」と規定されているが、「訴訟事件、非訟事件」及び争訟性のある法律事務を除けば行政書士業務そのものである。弁護士法でいう一般の法律事務については、行政書士は争訟性のある法律事務は取り扱いできないが、争訟性の無い法律事務は全て取り扱いできるのである。しかし、法律事務の中で争訟性のある法律事務はわずかであり、一万件に一件も無く、殆どの法律事務は争訟性の無い法律事務であり、行政書士が取り扱いできるのである。このようなことを想起すると行政書士の責務、使命がいかに大きいかを認識できるであろう。だからと言って、弁護士の真似事や非弁行為を絶対に行ってはならず、行政書士として、街の法律家らしく厳格に業務を取り扱うことが重要である。
4 非弁行為とは
そして、法律事務で非弁行為とはどのようなことかを再確認する必要があるであろう。まず、法律行為と事実行為の相違を知らなければならない。なぜなら、書類の作成は事実行為であり法律行為ではない。争訟性のある法律事務であっても書類作成は事実行為であり、行政書士の独占業務である。書類作成という事実行為には意思表示は内在されず行政書士の代理は馴染まない。逆から法律行為を考えたとき、法律行為には意思表示が内在するが事実行為には意思表示は存在しない。例えば、契約代理の場合は、法律行為であり行政書士は代理人として意思表示すなわち署名捺印をする。一方で、契約書の作成は事実行為であり依頼人が署名捺印をし行政書士は署名捺印(意思表示)をしない。従って、争訟性のある法律事務である示談書の作成は事実行為として取り扱いが可能である。しかし、相手方に捺印を求める行為は示談交渉として非弁行為に該当する。この法律行為と事実行為の区別を確りと理解すれば非弁行為と否とが判別できるであろう。
争訟性のある法律事務か否かの判断を、紛争性の程度に求める解釈もあるが紛争性の程度を判断することは難しく裁判所の判断を待たなければ正確に判断することはできないであろう。それに対して法律行為か事実行為かの判断は楽であり、紛争性の程度により業務を辞退したり受任したりする必要はないのである。どんなに紛争性が高かろうと事実行為は法律行為ではないので書類作成として業務を行い得るのである。但し、重要なので繰り返すが書類作成を委託されるだけでなく相手方に捺印を求める行為は争訟性のある法律事務の交渉と認識され非弁行為とされるのである。
あくまでも行政書士は事実行為としての書類作成に徹すべきであろう。
5 誤った表現
然して、法律家として言語は正確でなければならないが、この法律行為と事実行為の区別を混同して理解すると、「契約書を代理して作成する」という間違った表現を使用してしまうのである。契約書の作成は事実行為であるから代理は馴染まない。「契約書を代行して作成する。」が正しい表現になるのでる。誤解を生じてしまう原因の一つは、行政書士法第一条の三第一項第三号に「・・契約その他に関する書類を代理人として作成・・」と規定されているからだと考える。この規定は、元々、原案では「・・書類を代理して作成・・」であったが時の法務大臣が「契約書は代理して作成できない。」と「人」を入れたのである。そのために不思議な表現になってしまい今でも誤解を招いているのである。代理は、法律行為を本人に代わって行い意思表示も本人に代わって行うのである。契約書を他人に代わって作成することが代理にあるのならタイピストは代理人なので法律家になってしまうであろう。司法試験受験生の中で「代理理論を制する者は民法を制し、民法を制する者は司法試験を制する。」と言われた時代があったのであるがその難しさを物語っていると言えるであろう。
最後に、行政書士業務を法定業務と法定外業務に分けて論じる場合があるが行政書士業務は行政書士法で定められているのであり、行政書士法に定められていない業務は行政書士業務そのものではなく付帯業務及び関連する業務である。従って法定外業務は存在しないと理解して欲しいのである。行政書士は行政書士法で定められた国家資格であるので当然であろう。
6 おわりに
弁護士の真似事をせずに、行政書士法で定められた行政書士の崇高な使命を履行し行政書士らしく国民のために日々貢献して欲しいと願うのである。紛争に関与してはならないことは、言い換えれば紛争に関与しなくて良いことである。そして、紛争を予防する専門家とは、なんと素晴らしい資格であろうか。医療の世界は医師が発症した疾病に対して治療を施術し、保健師は、疾病に罹らないよう予防をする。法律の世界での保健師が行政書士と言えるのではないだろうか。行政書士は、弁護士の真似をすることなく弁護士と棲み分けた法律手続きを実施すべきと考える。(筆者は、実践女子大学大学院元兼任教員)